MMTの提唱者、ステファニー・ケルトン教授の講義を聴いてきました

MMTの提唱者であるステファニー・ケルトン教授が登壇された「MMT国際シンポジウム」に参加してきました。

京都大学の藤井聡教授、東京経済大学の岡本英男学長、立命館大学の松尾匡教授をはじめ、そうそうたる登壇者の講義を聴く事ができ、大変勉強になりました。

そして、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校経済公共政策学部教授であり、2016年の大統領選挙そして2020年の大統領選挙でもバーニー・サンダースの上級顧問を務めるステファニー・ケルトン教授の講義でMMTの理解はかなり深まりました。

さすが本場の教授は違いますね。

「財政赤字で国は破たんしない」はMMT中心テーマではない

破たんの定義には、二つあります。

一つは国債のデフォルト。

これは、自国通貨で発国債を発行している限りは論理的に起こり得ません。

国には通貨発行権があるからです。

通貨発行権を持つのは日銀だと言う方がいますが、日銀の55%の株式と100%の経営権を持っているのは政府です。

また、それを踏まえて財務省自体が過去に「自国通貨建ての国債にデフォルトはあり得ない」旨の公式コメントを出しています。

二つ目はハイパーインフレですが、これについては主流派経済学では基準が定義されていません。

「国債を大量に発行すると国債の需要が減り(或いは信用が落ち)、ハイパーインフレにつながる」

「だが、どれだけ発行したらそうなるかはわからないけどな」

と言うかなり雑な論理です。

また、主流派経済学では、国債の発行量が増えると利率が上がると主張していますが、日本の国債の利率はその主張に合致しません。

良く出されるのはイタリアの例ですが、イタリアは自国通貨を持っていないので前提が全く異なります。

ユーロはイタリア独自の通貨でもなければ、イタリア政府に発行権もありません。

したがって、通貨発行権を持つ自国通貨で国債を発行する場合、それが直接の原因でハイパーインフレなどになることはないのです。

ですが、MMTでは「だから無制限に財政赤字を増やせば良い」という頭の悪い主張はしていません

「財政赤字で国は破たんしない」ことを前提に、以下の主張をするのがMMTです。

「財政均衡を基準にするのではなく、インフレ率を基準に財政政策を立案すべきだ」

これを機能的財政論と呼び、ケインズの弟子のラーナーが主張したものです。

これからわかるように、最近突然でてきたトンデモ論ではまったくありません。


MMTでは、財政赤字はどこまで許されるのか?

その基準はインフレなのですが、ステファニー・ケルトン教授は以下のように表現しました。

「リソースの量に合わせた支出を行う」

リソースとは供給能力と理解して下さい。

ハイパーインフレは需要が供給を大幅に超えた時に発生します。

つまり、MMTであろうがなかろうが、供給能力を大幅に超えた需要があればハイパーインフレを引き起こします。

なので、リソース=供給能力を把握し、経済にとって必要な需要を政府が創出することで健全な経済成長を促すということです。

「MMTなんてものをやったら、インフレがコントロールできなくなる!」と言う主張がいかにMMTを理解していない主張かがこれでわかるでしょう。


MMTによるインフレの自動調整機能

しかしながら、政府がインフレをコントロールしようとしても、予算編成や立法の準備など、必ずしもすぐには対応できない場合があります。

それに対応するためにMMTではビルトインスタビライザー(自動調整機能)を導入します。

一つは累進性のある租税制度。

利益や資産の多いところからより多く取ることによって、景気が過熱した場合は自動的に税収が増え(民間収入減→政府収入増)、景気が悪くなれば自動的に税収が減り(民間収入増→政府収入減)ます。

二つ目は就業保証プログラム(JBG:Job Guarantee Program)です。

不況の時は失業者を政府が雇い。(民間収入増→政府収入減)

好況になれば、政府が雇った失業者を民間企業に移転する。(民間収入減→政府収入増)

これらの施策により、不況時は政府支出を増やして経済を活性化し、好況時は政府支出を減らすことで景気の過熱を抑える効果が組み込まれるというわけです。

当然ながら、これらの自動調整機能に完全に依存するのではなく、経済の状況を見ながら財政政策を調整して行くことは当然必要となります。

自動調整機能は飽くまでも補助的な機能だということです。


MMTが世界の貧困をなくす可能性

最後に説明した就業保証プログラム(JBG:Job Guarantee Program)には、実は世界の貧困をなくす可能性があります。

MMTの特徴は外需に頼らず、自国内で完全雇用を目指す点です。

外需つまり貿易黒字に頼ると言うことは、他国の貿易赤字を利用して経済発展するモデルであり、持続可能性はありません。

一般的にこういう政策は近隣窮乏政策と呼ばれます。

そのような他国の犠牲に成り立つ政策を取らずに完全雇用を目指す。

これが、多くの国で実現出来れば、理論的には貧困はなくなります。

勿論、MMTが成立するためには、国が通貨発行権を持つ自国通貨建てで国債を発行できることと、信用貨幣論が成り立つための発達した銀行システムが存在することが前提になるので、全ての国が実践可能ではありません。

しかし、経済システムが発展すれば貧困が無くなる可能性が存在すると言うことは一つの救いになると僕は考えます。


ウォーレン・モズラーの名刺(追記)

これは、ステファニー・ケルトン教授が講義の一番最初に話してくれたストーリーですが、今まで日本で紹介されていた話とは導入や説明の仕方がちょっと違っていました。

今回の記事のトリとして、ご紹介させて頂きます。

ウォーレン・モズラーはMMTの創始者のひとりです。

彼の家族はプール付きの優雅な家に住んでいます。

そんな優雅な家に住みながら、子供たちが手伝いをしないので、ある時こう持ちかけました。

「手伝いをしたらお父さんの名刺を渡そう。

皿洗いをしたら○枚、洗濯物を干したら○枚」

しかし、子どもたちに手伝いをする気配はありません。

「名刺をあげるって言っているのに、なんで君たちはお手伝いをしないんだ?」

「だって、名刺を貰っても何も買えないし」

言われてみればそうです。

そこで、ウォーレン・モズラーはこう持ちかけました。

「わかった。

じゃあ、これならどうだい?

このプール付きの素敵な家に住み続けるためには、お父さんに毎月30枚の名刺を渡さなければならない。

これが、新しいルールだ」

すると、子どもたちは、手伝いをして一生懸命にウォーレン・モズラーの名刺を集めはじめたのです。

このストーリーでは、MMTの重要な二つの原則が説明されています。

一つ目は、貨幣の強制力の源泉です。

このストーリーの場合は名刺ですが、その名刺を貨幣として認めさせるためには、ウォーレン・モズラーの家に住むために毎月30枚を徴収する義務を課す必要がありました。

これによって、子どもたちは手伝いをして名刺を稼ぐようになり、時には兄弟姉妹の間で取引もしているでしょう。

これが、貨幣の流通にあたります。

二つ目は、Spending Firstと言う概念です。

政府は最初に税金を徴収したり、お金を借りてから、その貨幣を使うのではありません。

まず、使う。

このストーリーの場合は、手伝った子供たちに名刺を渡してますね。

渡すのが先なんです。

だって、貨幣は国家が発行するのですから。

MMTに興味が無い人が聞いても「だから?」って内容なのですが、MMTを学んでいて今一つこれらの概念がなかなか入って来ない人にとっては、わかりやすいたとえ話だと思います。

僕も、このストーリーを聴いて、税が貨幣の使用を強制する力があることをはじめて実感したんですよね。


コメント

  1. はー より:

    >リソース=供給能力を把握し、経済にとって必要な需要を政府が創出することで健全な経済成長を促す
    主流派経済学では、供給能力を測る指標(潜在成長率とか)は推計的な要素が多く雑なものしかない、という話を聞いたことがあります。
    MMTではそれがより細かく計測できるようになっているのかが気になりました。

    もちろん主流派経済学における金融政策も完全にコントロールできる訳ではありませんし(全否定ではなく、一定の効果に留まっているように思います)、MMTでは先物取引などの指標を見て政策を決めるという話を聞いたこともあります。
    それによって具体的にどのような点が改良されているのか、予測の実績などがどうなっているのか、興味が尽きません!

    • SEハラピー投資部 より:

      コメントありがとうございます。
      管理人のSEハラピー投資部です。

      > 主流派経済学では、供給能力を測る指標(潜在成長率とか)は推計的な要素が多く雑なものしかない、という話を聞いたことがあります。

      「MMTでこのような指標を使っている」と言う話は、僕自身は聴いたことがありません。
      なので、以下は飽くまでも個人的な見解で、「これが正しい」と主張するつもりはありません。
      私の意見を楽しんで頂ければ嬉しいです。

      まず、正確さの定義により答えが変わると考えます。
      誤差1%の政策差で計れるかと言えば疑問です。
      しかし、誤差1%の正確さが求められるのかと言われれば、これも疑問なんですよね。

      逆にプライマリーバランスを基準にすれば誤差0%の正確さが実現出来るでしょう。
      しかし、それは同時にマクロ経済に良い影響は与えないということです。

      主流派経済学でもMMTでも共通する恒等式があります。

      政府収支+民間収支+貿易収支=0

      貿易収支が変わらないとすれば、政府収支の赤字は民間収支の黒字になります。
      民間経済が落ち込んだ時は、政府収支を赤字にして民間経済に活力を与える。
      民間経済が過熱した時は、政府収支を黒字にして民間経済を鎮静化する。
      これがMMTを含むケインズ的政策です。

      主流派経済学では政府収支をゼロにするという事です。
      つまり、以下の恒等式が成り立ちます。

      民間収支+貿易収支=0

      世界中の貿易収支を合計すると原理上0になるので、究極的には以下の恒等式が成り立ちます。

      民間収支=0

      つまり、ゼロサムゲーム=弱肉強食です。

      その上で、主流派経済学者が好きなインフレ抑制政策、つまり構造改革、関税撤廃、移民促進、グローバル化などを続ければどうなるか?
      効率化により供給能力がどんどん増える一方、モノが増えても需要は増えないと言う状況になります。
      現在の日本…デフレですね。

      そして、主流派経済学者に言わせれば、この状況は自由競争の結果なので正しい状況です。

      逆に、MMTを含むケインズ政策で求める結果は、健全な経済成長です。

      どちらがより正確かと言うより、求める結果が違うと言うのが私の認識ですね。

      最初に立ち戻って、正確さの話にもどりましょう。

      ある国のマクロ経済的に潜在需要がどの程度あるかは、健全な経済成長をしていた時期の成長率が一つの指標になり得ると僕は考えます。
      インフレ率=インフレギャップ=需要/供給と言うイメージです。
      であるなら、逆にインフレターゲットを設定した場合、前年度の名目GDP×インフレターゲットで拡大すべき需要の大きさが求めらると考えます。
      その内の政府支出の割合をGDPに占める政府支出の割合にするか、または別の尺度を採用するかの議論はあると思います。
      しかし、これだけ明確な基準があれば、そう無茶苦茶な誤差は出ないんじゃないかと僕は考える訳です。

      ただ、これらの基準は僕がMMTの政策を考えるならこうすると書いたまでで、MMTで実際にどのように政策基準を決めるかを知ってのことではありません。

      少なくとも、経済にプラスの影響を与えず、自由競争を促進させることで安定するハズだと言う理念で政府の関与をゼロにしようとする主流派経済学より、明確な基準で経済をコントロールできると考えます。

      また、MMTは主流派経済学のように、金融政策以外は常に一貫した経済政策を行うのではなく、状況によりその時に適した経済政策を実施する考え方です。

      インフレなのか?
      デフレなのか?
      その原因は何か?

      それにより施策は変わってきます。

      主流派経済学者はそれを嫌っているのです。
      政治家や政治家を選ぶ有権者がそんなことを判断できるわけがない!
      神の見えざる手至上主義と僕には見えます。

      逆に言うと、国民がMMTをある程度理解しないと、MMTによる経済政策は難しいと思います。
      インフレ時の政策は比較的理解されやすいのですが、
      デフレ時の政策は家計やビジネスの直感に反するので、反発を受けやすい。
      成熟した国家でなければ難しい面があると思います。

      以上、回答になっていれば幸いです。